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起業物語Re64 起業・経営編

― 清算から見えた「自分」という経営者 ―

賞味8年。
それが、自分が経営者として過ごした年月だった。

このブログを書きながら、あの時の景色や匂い、焦りや興奮が鮮明によみがえってくる。
書くことで、ようやく自分の中で整理がついた部分も多い。
それと同時に、胸の奥からあふれてきたのは「贖罪(しょくざい)」の気持ちだった。
自分の未熟さで巻き込んでしまった仲間たち、支えてくれた取引先の方々、そして信じてついてきてくれた社員たち。
みんなの顔が頭に浮かぶたび、申し訳なさと感謝が入り混じった複雑な気持ちになる。


■ 振り返ってわかった「足りなかったもの」

今、冷静に振り返って思うこと。
それは「準備」と「学び」が決定的に足りなかったということだ。

行動力だけで走り続けた8年間。
とにかく動けば何とかなると信じて疑わなかった。
だけど、経営というのは“勢い”や“情熱”だけでは続かない。
お金の流れ、人の気持ち、時代の変化——
どれも理解しきれないまま、ただがむしゃらに前へ進んでいた。

自分ひとりでやる分には、もう少し上手くいっていたかもしれない。
でも、人を巻き込み、組織を動かし、会社として成長させるには、圧倒的に準備が足りなかった。
そして、自分には「人を導く力」がまだなかった。


■ 経営の現実は“孤独と責任”

経営は自由で華やか——そんな幻想を抱いていた時期もあった。
でも実際はまったく逆だ。
日々の支払いに追われ、社員の生活を背負い、取引先との関係を維持し、
「社長」という肩書の裏では、誰にも見せられないプレッシャーと孤独が常に隣り合わせにあった。

右腕が離れたとき、何人もの社員が去ったとき、
それでも「大丈夫」と自分に言い聞かせていた。
けれど本当は、何が大丈夫なのかすらわからなかった。
心のどこかで、「もう限界かもしれない」と思っていた。


■ それでも無駄ではなかった8年間

破産を経験し、全てを失ったとき、最初は絶望しかなかった。
でも時間がたつにつれ、「それでもあの8年は無駄ではなかった」と思えるようになった。

経営の厳しさ、人の難しさ、お金の怖さ。
そして何より、「自分の弱さ」。
それを誰よりも痛感できたのは、経営という舞台に立ったからこそだ。

一度、地面に叩きつけられたからこそ見える景色がある。
それが今の自分を支えている。


■ 再起編へ

このブログを書くことで、自分の“過去”を少しずつ昇華できた。
そして、これから書く「再起編」は、社員として再スタートを切った自分の物語だ。

経営者としての8年は、自分の「未熟な挑戦」だった。
だが、再び社会に出て、一人の社員として生きる中で、また違う学びと成長を得た。
そのリアルを、同じように悩む誰かに伝えたいと思う。

今度は、「経営者」としてではなく、「一人の人間」として。
このブログが、過去の自分と未来の自分をつなぐ架け橋になるように——。


振り返ると、成功よりも失敗のほうが多かったかもしれない。
でもその失敗が、今の自分を形づくっている。
だからこれからも書き続ける。
反省も、後悔も、希望も、すべて“起業物語”の一部として。

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この記事を書いた人

石川信孝
茨城で建設会社を経営しています
工具はマイナスドライバー1本しか持っていません

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