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起業物語Re75 再起編

崩れた後の空気と、つなぎ止めようとした時間

予想はしていた。
けれど、それ以上だった。

Sさんが退職してからというもの、会社の雰囲気は目に見えて悪くなっていった。
現場をまとめる柱を失ったことで、仕事の流れも人間関係も、どこか噛み合わなくなっていった。

それでも、社長の「説教タイム」は変わらず続いていた。
むしろ、余裕を失った分だけ、回数も強さも増していたように感じた。

朝早くから現場に出て、夜遅くまで働き、
そこから説教を受けて帰る。

会社には、疲労感と悲壮感が漂っていた。
誰もが口には出さないが、確実に限界に近づいていた。


「何かできることはないか」

このままではまずい。
そう思った自分は、何かできることはないかと考えた。

仕事の仕組みを変えるのは難しい。
社長を変えることもできない。

ならば――
せめて、社員が息抜きできる場所を作れないか。

そう考えて、出した答えが「飲み会」だった。


自由参加の飲み会

代表である義理の姉に相談したところ、すぐに賛成してもらえた。
そこから、月に2回ほどのペースで、自由参加の飲み会を開くことになった。

開催日は基本的に週末。
翌日が休みのメンバーで、気軽に集まるスタイルだった。

場所は決まって、安い居酒屋。
特別なことは何もない。ただ、仕事から離れて話す時間を作るだけ。

それでも、その時間は確かに意味があった。

みんな、よく笑っていた。
バカみたいな話をして、くだらないことで盛り上がっていた。

代表も参加してくれていたが、社長は一度も顔を出さなかった。


不思議と「愚痴」は出なかった

不思議だったのは、
こういう場でありがちな「会社への不満」や「愚痴」が、あまり出なかったことだ。

多少の話はあったかもしれない。
だが、それよりも、

「とりあえず今日は楽しもう」

そんな空気が強かった。

きっとみんな、
吐き出すよりも、一瞬でも忘れたかったのだと思う。

参加人数は、少ないときで3人、多いときで8人ほど。
当時の社員数が10人前後だったことを考えると、かなり参加率は高かった。

それだけ、みんな何かしら抱えていたのだろう。

飲み会は長くても1~2時間。
近くに住んでいる人が多かったため、歩いて帰るのが当たり前だった。

短い時間だったが、
その時間だけは、会社の重たい空気から解放されていた。


そして、見え始めた違和感

当時の自分は、
この飲み会は間違っていなかったと思っていた。

社員のストレスを発散させ、
少しでも会社に残る理由を作る。

そのための、ささやかな取り組みだった。

だが今振り返ると――
この飲み会をきっかけに、
社長からの嫌味や態度が、徐々に変わっていった気がする。

目に見えない圧のようなものが、少しずつ強くなっていった。

そしてもう一つ、
気になる存在があった。

社員のOの動きが、どこかおかしかったのだ。

最初は些細な違和感だった。
だが、それは次第に確信へと変わっていく。


この飲み会は、
社員を救うために始めたはずだった。

だが結果的に――
自分が会社を去るきっかけの一つになっていく。

そして、Oの行動が、
その流れを決定的なものにしていくことになる。

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この記事を書いた人

石川信孝
茨城で建設会社を経営しています
工具はマイナスドライバー1本しか持っていません

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