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起業物語Re71 再起編

窃盗事件 ―― 越えてはいけない一線

とある日曜日のことだった。
自分は那珂市にある工事現場で、汗水たらして作業をしていた。日曜日とはいえ工期は待ってくれない。ヘルメットの中は蒸れ、手袋の中は汗でぐっしょりだった。

そんな最中、ポケットの携帯が震えた。
画面を見ると、営業のY君からの着信だった。

電話に出ると、開口一番、ただならぬ声が飛び込んできた。

「石川、やばいことになった。今すぐ来てくれ」

一瞬で背筋が凍った。
Y君がここまで切迫した声を出すことは、滅多にない。軽いトラブルではないことだけは、すぐに察しがついた。


その日、別班ではA君ともう一名、二人一組で電話工事に入っていた。
場所は、店舗兼事務所のような構造の建物だった。

もう一人は屋外で作業をしており、A君は事務所内で電話機の工事を担当していた。
日曜日ということもあり、店内は混み合っていて、店員さんのほとんどはレジや品出しなどで外に出ていた。

事務所内は、ほぼ無人の状態。

――その隙だった。

A君は、事務所内に置かれていたお店の方のカバンをまさぐり、財布を取り出そうとしていた。
まさにその瞬間、品出しを終えたご本人が事務所に戻ってきた。

目の前で、財布に手をかけているA君。

言い逃れのしようもない、決定的な場面だった。


お店の責任者は、すぐに異変を察知し、営業担当のY君へ連絡を入れた。
そして、その報告が責任者である自分のもとに届いた、という流れだった。

話を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。

「ああ……ついにやったか」

正直、そう思った。
これまで何度も嘘をつき、ミスを隠し、トラブルを起こしてきたA君。
だが、今回の件は次元が違った。

これはもう、取り繕えるレベルではない。


自分は那珂市の現場を一旦ストップさせ、急いで車に乗り込んだ。
途中でY君を拾い、二人で現場へ急行した。

道中、車内は重苦しい沈黙に包まれていた。
Y君も、相当ショックを受けている様子だった。

現場に到着すると、お店にはまだ多くのお客様がいた。
騒ぎを大きくしないため、裏口から事務所に通され、まずはお店の責任者の方に深く頭を下げた。

「この度は、誠に申し訳ありませんでした」

何度頭を下げても、足りない気がした。


責任者の方は、静かにこう言った。

「本人はね、“ゴミがカバンに入ったから、それを取ろうとしただけだ”って言ってるんですよ」

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が締め付けられた。
ここまできて、まだ言い訳をするのか。

責任者は続けた。

「警察に連絡しようかとも思ったんですが……Y君の顔もあるし、今は控えています。ただ、盗られそうになった本人が、かなりショックを受けていてね」

何も言い返せなかった。
言葉が、出てこなかった。

A君の言い分など、どうでもよかった。
それよりも、目の前にいる被害者の方が、どれほどの恐怖を感じたか――それを思うと、胸が痛んだ。


被害に遭われたのは、女性の方だった。
自分は、改めてその方の前に立ち、深く頭を下げた。

「この度は、本当に申し訳ありませんでした」

すると、その方は、震える声でこう言った。

「……逆恨みされるのが怖いので、もう話したくありません」

その一言が、重く胸に突き刺さった。

財布を盗まれかけたこと以上に、
“知らない男が、誰もいない事務所で、自分のカバンを漁っていた”
その恐怖は、簡単に消えるものではない。

この一件で、彼女の心に深い傷を残してしまったのだ。


自分は、責任者として、そして一人の人間として、
取り返しのつかないところまで来てしまったことを痛感していた。

もう、A君をかばう理由はどこにもなかった。
会社としても、社会人としても、越えてはいけない一線を越えてしまった。

この事件は、
**「嘘つきの問題社員」**というレベルをはるかに超え、
**「犯罪」**という現実を突きつけるものだった。

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この記事を書いた人

石川信孝
茨城で建設会社を経営しています
工具はマイナスドライバー1本しか持っていません

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