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起業物語Re74 再起編

幹部の退職 ―― 会社を支えていた柱が崩れた日

当時、会社の体制はシンプルだった。
管理部門のトップが自分、そして施工部門のトップが一つ年上のSさんだった。

Sさんとは年齢も近く、性格も穏やかで、とてもやりやすい関係だった。
社長の無理難題や、午前と午後で意見が変わるような理不尽な指示にも、二人で相談しながら乗り越えてきた。

夜遅くまで会社に残り、
「これどうする?」
「いや、こうしたほうがいいんじゃないか」
と頭を悩ませながら仕事をしていた日々。

振り返ると、あの時間があったからこそ、なんとか会社が回っていたのだと思う。

現場の社員からの信頼も厚かった。

「Sさんがいれば現場は大丈夫」
「困ったらSさんに聞け」

そんな空気が自然とできていた。
まさに、現場を引っ張る存在だった。


トラブルメーカー Nさんの存在

そんな中で、一人だけ異質な存在がいた。
中途入社のNさんだった。

Nさんは技術力自体は高く、作業も早い。
だが、問題はその性格だった。

とにかく短気。
少しでも気に入らないことがあると、すぐに怒鳴る。
そして、自分の非を認めない。

自分の記憶では、
Nさんと喧嘩にならなかった社員はいない。

それほどまでに、周囲と衝突を繰り返していた。

当然、穏やかな性格のSさんも例外ではなかった。


ある日の口論

ある日の夕方。
事務所に怒鳴り声が響いた。

ただならぬ空気を感じ、自分はすぐに現場の方へ向かった。

そこには、SさんとNさんが向かい合い、激しく言い合いをしていた。

「お前がやれよ!」
「なんで俺なんだよ!」

内容を聞くと、原因は驚くほど些細なものだった。
「どちらが車を運転するか」
ただそれだけだった。

だが、Nさんにとってはそれが許せなかったのだろう。
口論はどんどんエスカレートしていった。

普段温厚なSさんも、このときばかりは引かなかった。
長年積み重なってきたストレスが、ここで一気に噴き出したように見えた。


決定的な一言

最初は言い合いだった。
だが、次第に言葉が荒くなり、互いに引く気配がなくなっていった。

そして、Nさんが放った一言で空気が変わった。

「だったら、もうお前となんかやってらんねぇよ!」

その瞬間、Sさんの表情が変わった。

それまで必死に抑えていたものが、
一気に切れたように見えた。

自分は慌てて間に入り、なんとかその場を収めたが、
すでに何かが壊れてしまっていた。


Sさんの決断

その日の夜。
Sさんから静かに声をかけられた。

「ちょっといい?」

二人で外に出て話をした。

そして、Sさんはぽつりとこう言った。

「もう無理だわ」

短い言葉だったが、重みが違った。

これまで、どんな理不尽なことがあっても、
どんなにきつい現場でも、
文句ひとつ言わずに踏ん張ってきたSさん。

そのSさんが「無理だ」と言った。

それが、すべてだった。


引き止められなかった理由

正直、引き止めようとは思った。
だが、言葉が出てこなかった。

理由は分かっていたからだ。

・社長の理不尽な指示
・終わらない説教
・現場の人間関係の崩壊
・改善されない組織体制

そのすべてを、Sさんは現場の最前線で受け続けてきた。

それでも耐えてきた人間が、
「もう無理だ」と言った。

その決断を、軽々しく覆すことはできなかった。


会社の柱が崩れた

Sさんの退職は、会社にとって致命的だった。

現場をまとめる人間がいなくなった。
社員の精神的な支えも失われた。

そして何より、
「この会社に未来はあるのか」
という疑問が、社員全体に広がっていった。

自分にとっても同じだった。

これまで、どこかで
「Sさんがいるから大丈夫」
と思っていた部分があった。

その前提が、崩れた。


この出来事をきっかけに、
会社はさらに不安定になっていく。

そして、自分自身も――
この会社に居続ける意味を、
真剣に考え始めることになる。

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この記事を書いた人

石川信孝
茨城で建設会社を経営しています
工具はマイナスドライバー1本しか持っていません

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