30歳の頃、私は右も左も分からないまま、会社を経営していた。
ビジネスの世界に飛び込んだのは、情熱と勢いだけだったと言っても過言ではない。会社を始めたきっかけは、「自分の力で何かを成し遂げたい」「自由な働き方をしたい」という、ある種の理想や憧れからだった。でも、現実は想像以上に厳しかった。
経営といっても、当時の私は経理も営業もマーケティングも、まったくの素人だった。資金繰りの大変さも、売上が上がらないことの焦燥感も、誰も教えてくれなかった。社員を雇えば、生活を支える責任も生まれる。そんなプレッシャーに押しつぶされそうになりながら、毎日が手探りだった。
会議で何を話せばいいのかも分からず、クライアントとの商談では緊張で言葉が詰まり、社員からの質問に即答できないことも多々あった。周囲からは「社長」と呼ばれていたが、その肩書きに自分自身が追いついていなかった。
それでも、やめようと思ったことは一度もなかった。苦しかったけれど、自分が立ち上げたものが少しずつ形になっていく過程は、何にも代えがたい喜びだった。初めて契約が取れたときの嬉しさは今でも鮮明に覚えている。深夜まで作業をして、ようやく完成させた企画が通ったときは、泣きたいほどだった。
失敗も山ほどした。誤った判断で大きな損失を出したこともあるし、人間関係のもつれでチームが崩壊しかけたこともあった。そのたびに、「自分には向いていないのではないか」と悩んだ。だけど、振り返ればその一つ一つの経験が、経営者としての自分を形作ってくれていたのだと思う。
何より支えになったのは、人との出会いだった。相談に乗ってくれた先輩経営者、厳しいことを言いながらも見捨てずにいてくれた取引先、文句も言わずついてきてくれた社員たち。彼らとの関係性が、私を育ててくれた。
今では、当時の自分の未熟さを笑って話せるようになった。でも、あのときの必死さ、情けなさ、不安、そして小さな成功体験の積み重ねが、私の原点だと心から思っている。
「右も左もわからない」とは、つまり無限の可能性があるということだ。何も知らないからこそ、怖いもの知らずで挑戦できた。そして、その挑戦の中でしか得られない学びがあった。今、同じように不安と向き合っている誰かがいるなら、声をかけたい。「それでいい。わからなくて当然。だからこそ、前に進める」と。
あの30歳の頃の自分が、今の自分を見たらどう思うだろうか。少しは「頑張ったな」と思ってくれるだろうか。そうだったら嬉しい。
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