― 清算後、たどり着いた“建設会社”という新しい舞台 ―
会社を清算し、次の職も決まらないまま、ぽっかりと空いた1週間を過ごした。
8年間走り続けた体が急に止まり、何をしていいのかわからなかった。
法人の連帯保証人であった自分は、当然のように自己破産となった。
立川裁判所の、あの冷たく張りつめた空気の廊下を歩いた感覚は今でも忘れない。
自分の人生の一部が、静かに終わりを告げる音がしたような気さえした。
■ “会社をたたんだ”という報告は、思った以上に重かった
会社清算の報告は、仲間や知人、取引先の経営者にひとりずつ伝えた。
そのたびに胸がぎゅっと締めつけられるような感覚に襲われた。
「今後どうするんですか?」
「うちで働かないか?」
「力になれることがあれば言ってくれ」
ありがたい言葉をたくさんもらった。
ただ、そのどれにも自分の心が反応しなかった。
経営者としての8年間で燃やし続けた情熱は消えかけ、
「自分にまた同じ熱量で仕事ができるのか?」
その問いに自分自身が答えられず、いただいた話をすべて断り続けた。
心には、大きな穴が空いていた。
■ そんな中で届いた“親戚からの電話”
そんな停滞した時間を過ごしていたとき、親戚から1本の電話があった。
「建設会社なんだけど、人をまとめる人がいなくて困ってるんだ。
どうしても来てほしい。助けてほしい。」
予想もしなかった業界からの依頼だった。
建設業——それは自分の経歴とはまったく別の世界。
だが、どこかで「頭を使う仕事ではなく、体を使ったほうが気が楽かもしれない」
そんな気持ちもあった。
経営の失敗で疲れ果てた心が、別のフィールドに身を置く選択を後押しした。
8年ぶんの失敗も後悔も重荷も、一度リセットしたい。
建設会社という新しい場所で、汗を流し、まっさらな気持ちで働くのも悪くない。
そう思った。
そして、自分は親戚からのオファーを受けることにした。
■ しかし、それが“悲劇の始まり”だった…
正直なところ、その時点では“希望”に似た気持ちがあった。
「新しい環境で、一からやり直せる。」
「肉体労働で汗をかけば、心も軽くなるかもしれない。」
そんな淡い期待も抱いていた。
だが、その決断は後になって“悲劇の始まり”となる。
経営の失敗で打ちひしがれた自分が、さらなる苦難の渦に巻き込まれていくとは、
この時は夢にも思っていなかった。
新しい職場。
全く知らない業界。
そして、想像もしていなかった“現実”。
ここからまた、波乱の物語が始まる。

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