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起業物語Re66 再起編

― 新しい職場(水戸の建設会社)で感じた“違和感の正体” ―

自己破産と会社清算を経て、心身ともにボロボロだった自分は、親戚の紹介で建設会社に入ることになった。
新しい環境での再スタートに、少しだけ希望のようなものも抱いていた。
だが、水戸市で始まった仕事は、思っていた以上に“クセが強い世界”だった。


■ 水戸市の小さなアパートから始まった、新たな日々

その会社は、水戸市にある小さなアパートの一室を事務所としていた。
自分はつくば市に住んでいたため、往復3時間の長距離通勤。
それでも再起のためだと、自分を奮い立たせて通った。

会社の構造は少し変わっていた。

  • 代表取締役は自分の親戚にあたる女性
  • しかし実質的な経営は、そのご主人である“社長”

表向きは親戚が社長だが、実際に会社を動かしているのはご主人。
創業して間もない電気通信工事の会社で、従業員は5名ほどだった。

親戚が「来てくれて助かる」と心から歓迎してくれた一方、
ご主人である社長は明らかに違う温度感で接してきた。
そのギャップが、少しずつ自分の中に違和感として積もっていく。


■ 「仕事を教えてください」と聞いた結果…

初日、自分は社長に質問した。

「自分の仕事の内容と、どんな役割を担えばいいか教えてください。」

すると社長は、そっけなくこう言った。

「徐々に慣れればいいから。細かいことはその都度でいい。」

この答えが、のちに大きな違和感の始まりとなった。
普通なら、役割や期待される成果を伝えるはずだが、それが一切ない。
「とりあえずいてくれればいい」という雰囲気だけが漂っていた。

しかし、自分は新しい業界で仕事を覚える気満々だった。
細かいことを言われなくても、とにかく全力でやるしかない。
そう思い、仕事に取り組み始めた。


■ 最初の2か月は“ひたすら事務整理”

入社して1ヶ月ほどの間、自分の仕事はこうだった。

  • 会社に放置されていた大量の書類整理
  • タイムカードのデータ修正・統合
  • 工事記録の整頓
  • 過去の伝票・書類の山の整理

段ボール箱に突っ込まれたままの資料が部屋中に散乱しており、
それをひたすら片づける毎日だった。

工事に出ている他の社員の仕事内容はほとんど見えず、
「会社が実際にどんな事業をしているのか」も、よくわからないまま日々が過ぎていった。

ただ、自分は前職での経験から、事務作業は得意だった。
何より“仕事があるだけでありがたい”という気持ちが強かった。
だから苦痛ではなかった。

――だが、本当の地獄はここから始まる。


■ 現場の社長からの電話で気づいた“扱われ方”

入社から2ヶ月を過ぎたころ、現場に出ていた社長から突然電話が鳴った。

社長
「黒の2号のモールがあるか探せ。」

自分
「どういった形のものですか?」

社長
「そんなことから教えなきゃいけないのか。お前、勉強しろよ。」

自分
「申し訳ありません。」

電話を切ったあと、胸の奥にズシンとくるものがあった。
たしかに自分は工事の素人で知識はゼロだった。
だが「教える気がない」という態度はハッキリと感じ取れた。

その瞬間、自分は気づいた。

― この社長、自分のことを必要としていない。
― 親戚が勝手に入れた“厄介者”だと思っている。

親戚の代表は心から自分を歓迎してくれていた。
だが、社長は逆だった。
その温度差は、日に日に大きくなっていった。


■ それでも自分は逃げなかった

過去の失敗、破産の痛み、世間の目。
すべてを背負ってこの会社に入ってきた自分には、逃げるという選択肢はなかった。

理不尽、嫌味、冷たい態度。
そんなものは、これまでの人生で腐るほど経験してきた。
だからこそ、

「ここで結果を出してやる」
「家族にも親戚にも恥をかかせたくない」

そう思っていた。

工具の名前、材料、ネットワークの仕組み、電気通信の基礎知識——
毎晩自宅で勉強し、少しでも現場に迷惑をかけないように必死だった。

しかし、この努力が報われることはなかった。
この会社で自分が味わうことになる“本当の悲劇”は、
まだ序章にすぎなかった。

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この記事を書いた人

石川信孝
茨城で建設会社を経営しています
工具はマイナスドライバー1本しか持っていません

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