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起業物語Re10 生い立ち

充実の高校生活、そして新たな挑戦へ──筑波大学を目指した理由

立川高校で過ごした3年間は、人生で最も充実した時間だったと言っても過言ではない。
勉強、部活、行事、仲間たちとの関係──すべてが濃く、密度の高い日々だった。

もちろん、自分の中心にあったのはバスケットボール
結果としては、都大会で大きな成果を残すことはできなかった。
それでも、朝6時から夜遅くまで、1日中バスケに打ち込み、仲間と汗を流し合ったあの時間は、何にも代えがたい宝物だ。

“努力は報われるとは限らない。でも、努力せずに報われることは決してない”
そう信じて、ボールを追いかけ続けた。

そんな高校生活が終わりに近づく頃、自分の中にひとつの思いが浮かんできた。

「大学でも、バスケを続けたい。もっと高いレベルで、自分を試してみたい。」

そう思って探し始めた進学先の中で、目を引いたのが茨城県にある筑波大学だった。

筑波大学は、関東大学バスケットボール1部リーグに所属する中で唯一の国立大学
いわば、文武両道の象徴のような存在だ。
テレビで見たスター選手たちがユニフォームを着て戦っている姿が、ずっと印象に残っていた。

「ここでバスケができたら、どれだけ幸せだろう」
そう思い、実際に茨城まで足を運んでキャンパス見学をすることにした。

訪れた筑波大学は、想像以上に広大で整った環境だった。
最新の設備、広々とした体育館、トレーニングルーム、そしてなによりも、先輩たちの練習の姿勢が心を打った。
誰一人、手を抜かない。
アップの時点で、その熱気に圧倒された。

「ここで、もう一度バスケに人生を懸けたい」
その瞬間、自分の中で進路は決まった。

だが、現実はそう甘くなかった。

自分の高校の成績は、正直目を覆いたくなるような内容だった。
3年間、ほぼすべてをバスケに注いできた結果、勉強面では完全に置いてきぼりになっていた。

それでも、なぜか自分の中には**“変な自信”**があった。
あの中学時代、立川高校合格を目指して、1畳の物置部屋で毎晩のように机に向かい続けたあの日々。
死ぬ気で努力して、無理だと言われた高校に“奇跡の合格”を果たしたあの経験。

「もう一度、あれをやればいい」
「今からなら、間に合うはずだ」
そう信じて、高校バスケ部を引退したその日から、再び地獄の受験勉強が始まった。

朝は早く起きて参考書を開き、授業ではひたすら板書を写し、わからないところはすぐに先生を捕まえて質問した。
昼休みは弁当を片手に問題集を開き、帰宅後は眠気と戦いながら夜中まで自習を続けた。

部活に使っていたエネルギーを、すべて勉強にシフトした。
もちろん簡単な道ではなかったが、自分には明確な目標があった。
筑波大学でバスケがしたい
その一心だった。

周囲からは、「バスケで推薦はもらえないの?」と聞かれることもあった。
でも、自分にとっては「自分の力で、自分の手で、もう一度勝ち取りたい」進路だった。

あの頃の自分は、悔しさも、情熱も、根拠のない自信も、全部ごちゃまぜになって、ただ前に進むことだけを考えていた。

進学実績で言えば、立川高校から筑波大学を目指す生徒は少なくなかった。
でも、自分はその中でも“かなりの下位層”からのチャレンジだった。

バスケでは大きな舞台に立てなかった。
でも、学び舎として、筑波という場所は、もう一度自分を試すフィールドに思えた。

「今度こそ、自分の手で、夢を掴む」
そう心に誓いながら、鉛筆を握り直した。

新しい挑戦は、ここから始まった。

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この記事を書いた人

石川信孝
茨城で建設会社を経営しています
工具はマイナスドライバー1本しか持っていません

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