引っ張りだこの派遣スタッフから、正社員への道
ファミレスでのアルバイトと、派遣でのレジ打ちの仕事を並行して続けていたある日。
派遣会社を通じて、スーパーの精肉部門から新たな依頼がきた。
「レジで働いている石川さん、うちにも来てくれませんか?」
それは、まるで予想もしなかった展開だった。
肉を扱う仕事などやったこともないし、なんなら自炊すらまともにしてこなかった自分にとっては未知の領域。
けれど、師匠の「どんな仕事も世界一を目指せ」という言葉が頭に浮かび、即答で引き受けた。
精肉部門では、肉を切る機械の分解清掃から、品出し、バーコード貼り、焼き鳥の補充、さらには揚げ物の仕込みまで、やることが山のようにあった。
どれも新鮮で、まるで冒険のようだった。
社員の方々にもよくしてもらい、仕事終わりに食事に連れて行ってもらう機会も増えた。
その場では、仕事や人生に関する深い話を聞けることもあり、それがまた刺激的だった。
しばらくして今度は、惣菜部門からも「石川さんに来てもらえないか」と依頼がくる。
お惣菜のパック詰めや陳列、商品の補充、閉店後の清掃など、新しい業務が次々と増えていった。
すると、今度はヨーグルトの部門からも声がかかる。
「マジで、今度は乳製品かよ……!」
と思いながらも、与えられた場所で全力を尽くすのが自分のスタイルだった。
気がつけば、レジ、精肉、惣菜、ヨーグルトの4部門をぐるぐると回る生活が始まっていた。
週6勤務は当たり前、ファミレスの仕事に入る時間すらなくなっていった。
でも不思議と、疲れよりも充実感が勝っていた。
仕事の合間には、ちゃんと師匠にも報告していた。
「最近、精肉にも行ってます」「惣菜も任されました」
そのたびに師匠は言葉少なに、でも確かな眼差しでこう言う。
「調子にのるな。信頼は努力でしか積み上げられんぞ」
串は飛んでこなくなったが、言葉の重みは以前と変わらなかった。
半年ほどが経ち、ある日、紹介してくれたMくんから連絡があった。
「上司が石川に話があるってさ」
呼び出されたその場で、派遣会社の上司からこう言われた。
「君の評判がどの部門でもすごく良くてね。現場の管理者として正社員で働いてもらえないかな?」
予想もしていなかった展開だった。
正社員という響きに、これまで一切の関心を持っていなかった自分が、なぜか心を揺さぶられた。
その夜、師匠に相談した。
話を聞き終えると、師匠はしばらく黙ってタバコをくゆらせた後、ぽつりと言った。
「やりなさい。お前は今、試されてる。これからは正社員としてしっかり実績を残していかなきゃいけない。お前の頑張りは過去のもの。これからは、死ぬまで試されてると思え」
その言葉を聞いて、なんとも言えない気持ちになった。
串を持ち、毎日怒鳴っていたあの人が、今、弟子が巣立つことを受け入れてくれている。
そんな寂しさと誇りが入り混じったような表情をしていた。
自分も覚悟を決めた。
正社員になる。
初めて、就職というものに心を向けた瞬間だった。
就職活動はしなかった。履歴書も書いていない。
けれど、自分の手と足で動き、信頼を積み重ねて手に入れた“働く場所”がそこにあった。
これからは、背負うものが変わる。責任も、視野も、求められることも。
でも、あの師匠の言葉がある。
「人を感動させるのが、仕事だ」
あの日から、今もずっとその言葉が自分を支えている。

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