靴下は黒
半年間、スーパーでエプロン姿で働いていた自分が、ついにスーツ姿に変貌を遂げた。
派遣会社の正社員という肩書を得たのだ。
それまで就職活動も社会人経験も一切なかった自分にとって、すべてが未知の世界だった。
まず驚いたのが「靴下は黒かグレーが常識」という事実。
白い靴下をはいて初出勤したあの日の恥ずかしさは、今でも記憶に刻まれている。
挨拶の仕方、名刺の受け取り方、電話対応、メールの文面…
一つひとつが初めてで、覚えることは山のようにあった。
でも、それが楽しかった。
正社員になった自分の仕事は、スーパーの各部門で現場に入りながら、
本社に戻ってはスタッフのシフトを組み、店舗へ連絡をするという「現場+管理」のハイブリッド業務だった。
朝から晩まで休む間もなく働いていたが、全く苦ではなかった。
むしろ、新しいことを吸収し続ける毎日が刺激的でたまらなかった。
現場では、スタッフ同士の人間関係や、派遣と現地採用との対立など、いろいろと難しい局面もあった。
当時はまだ「派遣」という働き方が世間に浸透しきっておらず、偏見や誤解も多かった。
しかし、自分はそういったことに目を向ける余裕すらないほど、
目の前の仕事に熱中していた。
のちに気づくのだが、派遣業界には根深い構造があった。
派遣スタッフは「商品」として扱われ、会社に対する帰属意識はほとんどない。
重要視されているのは“時給”のみ。
どれだけ尽くしても、どれだけ現場で頑張っても、
派遣スタッフが企業や上司に感謝するという文化は存在しない。
でも当時の自分はそんな現実も知らず、
「どうやったらもっと働きやすくなるか」「どうやったらスタッフが定着するか」を本気で考えていた。
現場を知り尽くした自分にしかできないやり方があった。
・レジ部門の癖
・精肉部門のピークタイム
・惣菜部門の導線
・ヨーグルト補充の重要性
すべてを自分の手で経験してきたからこそ、
面接から教育、現場配置まで、一気通貫でやるスタイルが確立されていった。
教育制度の仕組みも自ら整えた。
・業務マニュアルの言語化
・店舗ごとのルールの標準化
・配属前のチェックリスト導入
この一連の流れにより、派遣スタッフの“当たり外れ”がなくなり、
店舗からの信頼も高まり、定着率もぐんと上がった。
その結果、自分が担当するエリアの売上は爆発的に伸びた。
派遣先であるスーパーKさんは、年に数十店舗を出店する勢いのある企業だった。
当然、派遣スタッフの需要も膨大で、他の派遣会社と競合する場面も増えていった。
しかし、教育という一点において、うちの派遣会社は圧倒的な強みを持っていた。
「石川さんのところに頼めば安心」
そう言ってもらえることが増え、気がつけば自分の管轄店舗は10店舗を超え、
茨城全域を任される存在になっていた。
現場で学び、体を動かし、人と関わることで得た信頼。
それをベースに、仕組みと工夫で成果を生み出す。
これが、自分なりの働き方になっていった。
「どんな小さな仕事でも、誰かの心を動かせ」
あの師匠の言葉が、今の自分を支えている。

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