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起業物語Re32 社会人編

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クッパ城でのプレゼン

人前に立つことが怖いと感じたことは、これまで一度もなかった。
体育会系のバスケ部で鍛えられたメンタル、居酒屋やスーパーで磨いた接客力、そしてなにより、師匠の“串の洗礼”によって培われた図太さがあった。

だが、あの日ばかりは、さすがに足が少しだけ震えていた気がする。


朝もやの中、いつもより早く目を覚ました。
窓を開け、冷たい空気を胸いっぱいに吸い込む。
シャワーを浴びながら心を整えた。

「やることはやった。しゃべるだけだ。自分の言葉で、未来を語ればいい」


向かった先は、某大手スーパー本部ビル。
社内では「クッパ城」と呼ばれている。
その名の通り、スーパーマリオのラスボス・クッパの城によく似た、威圧感のある外観。

その中に、いよいよ足を踏み入れる。


会議室に案内されると、目の前に並ぶのは社長以外の役員たち、総勢10名。

専務、常務、取締役。
いわば、会社の“頭脳”であり“心臓部”であるメンバー。

さながらラスボス軍団の前に立たされた感覚だった。


「本日は貴重なお時間をいただきありがとうございます。御社の発展に大きく貢献できるご提案を持参いたしました。決して無駄な時間にはさせません。よろしくお願いいたします。」

一礼のあと、プレゼンは始まった。


この日のために作り込んだ資料。
現場目線、業界分析、コスト試算、スタッフ教育の仕組み。
自分の持てるすべてを詰め込んだ提案だった。

スライドをめくるたびに、熱量を込めて話した。
たんたんと、しかし要所で強調を入れて、飽きさせないように気を配った。

「自分の言葉で語ろう」
そう思っていた。


ただ、現実は甘くなかった。

プレゼン中、役員たちの反応は、終始ポーカーフェイス。
何を考えているのか全く読めない。
熱が伝わっていないのか、それとも単に慣れているだけなのか。


そして、質疑応答。

ここで詰まった。
いや、正直に言えば“撃沈”だった。

「このROIはどのくらいのスパンで見ていますか?」
「派遣会社設立時のキャッシュフロー計画は?」
「競合優位性の根拠をSWOT分析以外で示してください」

そんな横文字の洪水に、しどろもどろになる自分がいた。

まるで違うゲームのルールで戦わされているような感覚。
こんな言葉、誰が現場で使ってんだよ…と思いながらも、必死に答えを探した。


そして、最後。

専務が腕を組みながら、こう言った。

「統合して、コストが抑えられるんなら…まあ、いいんじゃない?」

それは、良くも悪くも、“審査通過”のような言葉だった。


プレゼンは、終わった。

退出するとき、手に汗をかいていたことに気づいた。
頭の中は、真っ白だった。

だが、悔しさよりも、不思議と清々しい気持ちだった。


なぜなら、自分にとっては、あれが“初めての勝負”だったからだ。

どこかの誰かが作った数字じゃなく、
誰かの台本じゃなく、
自分が現場で見て、感じて、信じたことを、自分の言葉でぶつけた。

それが通用したかどうかはわからない。
でも、自分という存在をぶつけたことに、悔いはなかった。


社会人として、初めての「役員会プレゼン」だった。
通称クッパ城での挑戦。

あの場所で、またひとつ、自分の殻が破けた気がした。


そして数日後、電話が鳴る。

「社内協議の結果、御社とのプロジェクトを前向きに検討したいとのことです」

いよいよ、本当の戦いがはじまる。

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この記事を書いた人

石川信孝
茨城で建設会社を経営しています
工具はマイナスドライバー1本しか持っていません

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