プロジェクト立ち上げ
役員プレゼンを終えてから、1ヶ月。
結果を待つ日々というのは、想像以上に神経をすり減らす。
不安、期待、諦め、希望……いろんな感情がごちゃ混ぜになり、毎朝、携帯の通知に一喜一憂する。
そしてある日、その電話は突然やってきた。
「御社からの提案で進めたいと思います。」
社長宛にかかってきた一本の電話。
それは、数ヶ月間がむしゃらに食らいついて作り上げた提案が、正式に“実を結んだ”瞬間だった。
震えた。
興奮した。
涙は出なかったが、深呼吸の数が異常に多かった。
プロジェクトは、前代未聞のスケールだった。
県内150店舗以上の大手スーパーが関わる派遣スタッフの管理を、一本化するという内容。
しかも、資本はスーパー側が出すが、設立・運営・採用・教育・管理、すべては自社、つまり派遣会社側に一任。
プロジェクトリーダーには、自分が任命された。
夢でもなんでもない。現実だ。
新会社の設立。
会社名を決めるところから、すべてゼロからのスタートだった。
オフィスは、ありがたいことにスーパー本社ビルの4階を破格で借りることができた。
ただ、がらんどうの空間に、机ひとつ、椅子ひとつから準備しなければならない。
部下からは「どんな会社名にしましょう?」と聞かれるが、自分だって初めての経験だ。
法人登記の方法も、給与の仕組みも、就業規則の作り方も、すべてが手探り。
まず必要なのは「仲間」だった。
信頼できる部下2名を新会社のメンバーとして異動させた。
さらに、社内外にツテをたどって優秀な経理担当を確保。
この3人が、最初の“旗揚げメンバー”となった。
そして、茨城県内の同業者に片っ端から電話をかけて協力を依頼。
人材を出してくれそうな企業に足を運び、提案資料を見せながら頭を下げた。
営業、採用、広報、総務。
あらゆる部署の業務を一手に引き受けながら、日々が過ぎていった。
中でも大変だったのが「採用」と「広告」だった。
とにかく人を集めなければ、派遣事業は始まらない。
だが、当時は今のようにWeb求人媒体が充実しておらず、求人誌や地元新聞への折込広告が主流。
原稿も自分たちで考えた。
見出し、写真、キャッチコピーまで、全て手作業。
一文字一文字に魂を込めて作ったチラシが新聞に折り込まれた朝、会社に来る前にスーパーの入口でそれを見て泣きそうになったのは、今でも忘れない。
「これはうまくいくのか?」「この判断でいいのか?」
不安はずっとあった。
だが、心の中には確かに“ワクワク”があった。
これまでの仕事は、誰かのレールの上を走っていた。
だが今は、レールを自分たちで作っている。
道なき道に足を踏み出している。
時間が足りない。
でも、手は抜けない。
1年間の準備期間を与えられてはいたが、正直そんな余裕はなかった。
「今日の1日が、来年の1週間をつくる」と信じて、1日1日を必死で生きた。
現場に出て、採用して、教育して、取引先と折衝して、社内の帳票類を整備して、給与計算まで見て、また広告を考えて……
その頃の記憶は、正直断片的にしか覚えていない。
ただ、燃えていた。情熱だけはあった。
会社を作るって、こんなにも大変なのか。
でも、こんなにも楽しいのか。
その両方を、まざまざと体験した日々だった。
新会社の名前が決まり、登記が完了した。
税理士や社労士との顧問契約も結んだ。
机も椅子もそろい、最初の給与も無事に支払われた。
「会社」が、形になってきた。
ここからが、真のスタートだった。

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