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起業物語Re39 社会人編

誓約書と退職届

自分には――ひとつだけ、どうしても譲れない信念があった。
それは「部下を守ること」。
ましてや、それが立場の弱い女性社員であればなおさらだった。

社長からの“現実的”すぎる判断。
No2をかばい、売上を優先し、「パンツの中に手を突っ込まなければセクハラではない」などという時代錯誤な言葉を聞いたあの夜から、ずっと心の中で悶々としていた。

だが、自分には“切り札”があった。

それは、No2本人がセクハラの事実を認め、今後の処遇をすべて自分に一任すると記された誓約書だった。
その紙には彼の署名と捺印がしっかり残っていた。

No2は出向社員で、その期間は3年と決まっていた。
そして事件が起きたのは、ちょうど3月末の出向期限が迫っていたタイミングだった。

No2はまだ派遣会社に残りたいと強く希望していた。
だが、自分の中ではすでに答えが出ていた。

ある日、静かにNo2を呼び出した。

「これ、書いたの覚えてるよな?」

机の上に誓約書をそっと置いた瞬間、彼の顔が引きつった。

「お、おぼえてます……」

どうやら先日の社長との“居酒屋会議”で、出向が延長されると思い込んでいたようだった。

「これ、返すよ」

そう言って誓約書を手渡した。

「いいんですか?ありがとうございます……」

安堵の表情を浮かべる彼に、すかさず条件を提示した。

「ただし、条件がある。出向は3月末で終わり。延長は希望せずに、本社へ戻ってくれ」

彼は沈黙し、目を伏せた。

「人の人生を壊しておいて、自分だけ会社に残るという選択をするならそれでもいい。ただ、この誓約書は自分が抱えていく。上場企業の社員がセクハラをしたという事実と共に」

その言葉に、ようやく彼は観念したようだった。

「もっと部長のもとで学ばせてもらいたかったんですが……」

「セクハラで辞めていった社員も、同じことを言ってたよ」

ぐっと口を噤む彼に、最後の一言を加えた。

「この話を社長に伝えてもかまわない。どうせ自分を飛び越えて報告するだろうから」

「い、いいませんよ……」

「伝えるなら明後日にしてくれ」

「……わ、わかりました」

その翌日、自分は退職届を社長に提出した。

次の職も何も決まっていなかった。
だが、迷いはなかった。

セクハラを受けた社員を守り切れなかったこと。
そして何より、セクハラをなかったことにしようとする社長の姿勢に、もうついていけないと強く感じていた。

それでも、ここまでやってきた2年間はかけがえのない時間だった。
黒字化に成功し、社員も15名を超える組織にまで成長した。

だが、その中で、自分の中で絶対に守るべきもの――
それが揺らいだ瞬間、この場所にはいられないと強く思った。

3月末、自分とNo2のふたりが会社を去ることになった。

土浦の夜のネオンが、どこか寂しく見えたのは、気のせいではなかったのだろう。

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この記事を書いた人

石川信孝
茨城で建設会社を経営しています
工具はマイナスドライバー1本しか持っていません

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