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起業物語Re41 起業・経営編

沼の入口

前の派遣会社から合わせて、7年。
がむしゃらに走り続けたその日々に、自分は一つの区切りをつけた。

思い返せば、ほんとうに無我夢中だった。
若さゆえに、勢いで乗り越えてきた部分も多いし、無知ゆえの失敗も山ほどした。
多くの人に迷惑をかけてしまったこともあった。

でもその分、自分は多くの人に助けられ、支えられて生きてきた。
それだけは胸を張って言える。

退職が決まってからも、有給消化は認められなかった。
だからすぐにでも次の仕事を探さなければならない状況だった。
だけど、自分の中では完全に燃え尽きてしまっていて、しばらくは何も手に付かなかった。

昼過ぎまで寝て、コンビニでパンとコーヒーを買って、ぼーっとテレビを見る。
そんな生活を数日送っていたある日、一本の電話が鳴った。

発信者は、前の会社の顧問税理士だった。
当時からえらく可愛がってもらっていて、自分としても心を許せる数少ない年長者のひとりだった。

「時間あるか?」

そう言われて、すぐに車を走らせて会いに行った。
まさかそこで、人生の大きな分岐点となるような話が出るとは思ってもいなかった。

「自分で派遣会社、立ち上げてみれば?」
「お金は俺が出してもいいし」

え?と一瞬耳を疑った。
冗談ではなく、本気のトーンだった。

「いや、自分にはまだ早いです。リスクもありますし、そんな器じゃ……」

そう返すと、税理士さんは一言。

「お前ならできるよ」

そんなことを言われたのは初めてだった。
しかも、起業資金を出すとまで言ってくれている。
3年間の自分の行動や、成長をずっと近くで見てきたからこその言葉だとわかっていた。

それでも即決はできなかった。
さすがに、自分で会社を持つというのは、簡単に決められることじゃない。

その日からの1週間は、迷いと不安の中でひたすら考え続けた。

同時に、昔の知人や仲間にも相談した。
すると意外なほどみんなが背中を押してくれた。

「お前なら絶対やれるよ」
「次に何かやるなら、一緒に働きたい」
「声かけてくれれば、そっち行くよ」
「うちの会社辞めて、そっちで一緒にやりたい」

そう言ってくれた仲間もいた。
中には大学時代の同期まで、「もし会社立ち上げるなら、ぜひ仲間に入れてほしい」と言ってきてくれた。

――嬉しかった。

正直、自分は浮かれていた。
評価されていることが純粋に嬉しかったし、あのタイミングの自分には、自信しかなかった。

でも今思えば、それは“勘違い”だったのかもしれない。

人が評価してくれる言葉を、そのまま鵜呑みにしていた。
自分ならできる。やればできる。そう信じ込んでいた。

でも本当の「経営」とは、そんな甘いものじゃなかった。
のちに思い知らされるのだけれど、あのときの自分には、まだ何も見えていなかった。

例えるなら、地獄のように深い経営という沼に、穴だらけのボートで漕ぎ出したようなもの。
助けてくれる誰かがいる、仲間がいる、だから大丈夫――
そんな幻想だけを信じて、気づけば深く深く、闇の中へと進んでいっていた。

けれど、それでも自分は一歩を踏み出す。

そう、“自分の会社”をつくるという、未知の航海へ。

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この記事を書いた人

石川信孝
茨城で建設会社を経営しています
工具はマイナスドライバー1本しか持っていません

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