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起業物語Re42 起業・経営編

「会社をつくるということ」

29歳の春、自分は会社を退職し、無職になった。
だけど心の中は、不安よりも「これから何かが始まる」という高揚感で満ちていた。

あの税理士さんからの一本の電話。
「お前ならできるよ」
あの言葉が、自分の背中を押した。

そしてついに、派遣会社を自分で立ち上げるという大きな決断をした。

毎日が準備の連続だった。
会社名を決め、事業計画を立て、クライアントへの挨拶まわり。
やるべきことは山のようにあったが、不思議と疲れは感じなかった。
自分で決めた道を、歩き出した充実感があったからだ。

会社の立ち上げには、大学時代の同期2人が仲間として加わった。

ひとりはMくん。自分を派遣業界に誘ってくれた恩人でもある。
もうひとりはOくん。大学時代からPC操作やプログラミングに長けていた頼れる存在だ。

「派遣会社の商品は“人”だ」
それは、これまでの経験で骨の髄まで理解していた。

だからこそ、自分たちが最初にやるべきことは、“スタッフを集めること”ではなかった。

まずは、自分たち3人が“派遣スタッフ”としてクライアント先で結果を出す。
その成果をもとに信頼を勝ち取り、クライアントを増やしていく。
そして少しずつスタッフを採用していく。
そうすれば、極論“食いっぱぐれることはない”という読みだった。

まさに「手売り」のスタートアップ。
今でこそスマートな起業方法がもてはやされる時代だが、当時はそんなものを知らなかったし、必要もなかった。

Mくんの知り合いが、ちょうど6畳ほどの空きテナントを格安で貸してくれるという話が舞い込んできた。
そこが、僕たちの最初の“本拠地”となる。

今思えば、6畳一間のプレハブのような事務所だった。
壁は薄く、冬は寒くて手がかじかむ。
でも、そんなことどうでもよかった。
「俺たちの会社」が、ここから始まるというワクワクでいっぱいだった。

問題は資金だった。

派遣業の免許を取得するには、資本金が最低500万円必要だった(当時の法令による)。
自分の貯金は約200万円。
あと300万円、どうにかして調達しなければならなかった。

3人で相談して、とりあえず銀行に融資の打診をしてみた。

担当者は丁寧だったが、返ってきた言葉は現実的だった。

「保証人をつけていただかないと、厳しいですね」

そう、銀行は“実績のない若者3人”に、500万円もの融資をポンと出してくれるほど甘くはない。

でも、自分には心当たりがあった。

そう、あの顧問税理士さんだ。
あのとき、「お金は俺が出してもいい」とまで言ってくれた人だ。

自分は迷わず連絡を取り、頭を下げる覚悟で彼に連絡をするのだが

その結果は予想外のものだった。

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この記事を書いた人

石川信孝
茨城で建設会社を経営しています
工具はマイナスドライバー1本しか持っていません

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