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起業物語Re43 起業・経営編

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はしごを外された春 〜創業初期の挫折〜

起業を決意し、仲間とともに会社の立ち上げ準備を進めていた春のある日。

事業計画を練り、クライアント候補へ挨拶に回り、資材の調達やテナントの契約も済ませた。事務所のネットや電話の回線も無事に開通し、自作で立ち上げたホームページも完成間近だった。大学時代の仲間2人も参加してくれ、事務所は6畳程度の小さなスペースだったけれど、そこに希望と情熱がギュッと詰まっていた。

いよいよ動き出すぞという高揚感。何かが始まる瞬間の、あの独特のワクワク感。

だが、そんな中、ひとつだけ準備が整わないものがあった。

それが「資本金」だった。

当時、派遣会社として事業を始めるには最低でも500万円の資本金が必要だった。自分の貯金は200万円ほど。残りの300万円は、銀行からの融資に頼るしかなかった。しかし銀行側の条件は「誰か保証人を立ててくれ」というものだった。

もちろん、あてはあった。

それが、前職で大変お世話になった顧問税理士の存在だ。会社の数字を一手に見てきた方で、自分の成長も一番近くで見てきてくれた人。退職後もたまに電話をくれて「お前ならきっと成功するよ」と言ってくれていた。自分としても信頼し、頼りにしていた存在だった。

その人に電話をし、保証人をお願いできないかと相談した。

返ってきたのは、少し気になるひと言だった。

「今ちょっと喉の調子が悪くて、病院にいるんだ。あとでまた連絡するよ」

正直そのときは、それほど深刻には捉えていなかった。体調が回復したら連絡をくれるものと思っていたし、何よりその人のことを疑う気持ちなど全くなかった。

だが、それから1週間、2週間、3週間と過ぎても――

電話は一度も鳴らなかった。

こちらから何度も電話をかけたが、応答はなし。
ショートメッセージも既読にならず、メールも返ってこない。
税理士事務所に直接出向いても「今日は不在です」の一点張り。
事務員さんに伝言を頼んでも返事はない。

状況が状況だけに、何かあったのではないかと心配すらしたが、別の経路で調べたところ、特に病気で入院しているわけでもなく、普通に事務所に出ている日もあるという話も入ってきた。

これはもう、「はしごを外された」のだと、3週間目でようやく悟った。

信じていた人から、理由もわからないまま、突然距離を置かれる。
音信不通という形で関係が断たれる。
何よりもきつかったのは、その沈黙に対する説明が一切なかったことだった。

自分たちは前を向いて必死に準備をしていた。会社の登記も終え、HPも完成し、さぁこれからというタイミングだった。資本金さえなんとかなれば、免許申請をして本格的に始められるはずだった。

その一歩手前で――すべてが止まってしまった。

自分一人の夢じゃなかった。仲間の夢でもあったし、未来に向けた大きなチャレンジでもあった。だからこそ、口では冷静に「しかたない」と言いながらも、心の中はぐちゃぐちゃだった。

仲間に報告するのは、本当に辛かった。

「派遣の免許が、取れそうにない」
「今の状況では、資本金が足りない」
「税理士さんからの連絡は……ない」

みんな、一瞬絶句していた。
でも誰も自分を責めなかった。それが余計に胸に刺さった。

今思えば、もっと他の手段を模索することもできたはずだ。別の保証人、クラウドファンディング、あるいは事業スキームを変えて“請負”から始めるという選択肢もあったかもしれない。でも当時の自分にはそこまでの視野も余裕もなかった。

ただただ、心が折れていた。

前向きな挫折――なんて言葉では済まされない、苦い苦い現実だった。

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この記事を書いた人

石川信孝
茨城で建設会社を経営しています
工具はマイナスドライバー1本しか持っていません

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