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起業物語Re48 起業・経営編

孤独を埋めるために営業に打ち込む

創業してすぐ仲間が去り、自分ひとりしかいない会社となった。孤独感は常に背中にまとわりついていたが、その重さに押しつぶされないために、自分は営業に集中するしかなかった。考える暇を与えてしまえば、迷いや不安が一気に襲ってくる。だからこそ「営業している瞬間だけは孤独を忘れられる」と言い聞かせ、日々の活動に没頭した。

幸いだったのは、声をかけてくれた会社の方々と同じ販売ブースに立つことができたことだ。彼らもモバイルルーターや通信関連の商品を売っており、互いに励まし合い、工夫を共有しながら販売に取り組んでいた。厳しい環境ではあったが、仲間意識を感じられる空気の中に身を置けたのは、自分にとって救いだった。


全国を巡る営業の日々

販売の舞台は全国のショッピングセンターだった。青森から愛知まで、東日本のほとんどの大型モールを回ったといっても過言ではない。朝早くに会場入りし、準備を整え、開店と同時にお客様へ声をかける。ティッシュを配りながら笑顔で話しかける。ときに無視され、ときに冷たい視線を浴びる。それでも続ける。やがて興味を持って立ち止まってくれる人が現れる。その瞬間がたまらなかった。

数えきれないほどの人と出会い、数えきれないほどの会話を重ねた。そこには小さな感動がいくつもあった。「これで出張先でも仕事ができる」と喜ぶビジネスマン、「子どもの勉強に役立ちそう」と笑顔になる母親。自分は商品を売っているようでいて、実は人の暮らしに新しい可能性を届けていたのだと思う。


部下との再会

そんな営業の日々の中、思いがけない出来事があった。前職の派遣会社で、自分の右腕として働いてくれていた部下が、ひょんなきっかけで自分の会社に加わることになったのだ。

彼は仕事をきっちりこなし、管理職として部門を支えていた人材だった。ところが、自分が会社を辞めたことで「石川派」だと周囲に誤解され、社内で迫害に近い扱いを受けていたらしい。その悔しさや居心地の悪さが重なり、新しい場を探していたのだという。

「久しぶりに一緒にやりませんか?」
そう声をかけると、彼は迷わず頷いてくれた。かつての仲間が再びそばにいる安心感は、何物にも代えがたいものだった。自分ひとりの会社が、少しずつ「組織」として形を取り戻していくように感じられた。

そんな中2011年3月11日
東日本大震災が起きるのであった

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この記事を書いた人

石川信孝
茨城で建設会社を経営しています
工具はマイナスドライバー1本しか持っていません

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