震災から3カ月後の東北
2011年3月の東日本大震災から3カ月。テレビでは「復興」という言葉が毎日のように流れていたが、現場に足を運ぶと、その実態はまだまだ遠いものだった。
自分はモバイルルーターの販売を続けており、宮城県や福島県のショッピングモール、スーパーの空きスペースなどで催事販売を行っていた。会場には、家を失い仮設住宅で暮らす人たちが多く訪れていた。
当初、営業として東北に入ることに複雑な気持ちがあった。身内を亡くした方、職を失った方、家を流された方。そんな人々に商品を売る行為は「果たして正しいのか」と自問自答した。だが一方で、彼らが必要としているインフラの一つが「通信」だったことも事実だった。
仮設住宅とモバイルルーター
当時、多くの仮設住宅には固定回線を引ける環境が整っていなかった。工事をするにも順番待ちが長く、数カ月先になるケースも珍しくなかった。そんな中、モバイルルーターは「今日から使えるインターネット」として役割を果たした。
「これで子どもが勉強できる」
「遠くにいる親戚と連絡が取れる」
購入してくださった方からそう言われたとき、自分は営業でありながら「人の役に立てている」という実感を強く持った。被災地での営業は単なる販売活動ではなく、人々の生活の再建に少しでも貢献する行為だったのだと思う。
ルーターを手にしたお客様が涙を浮かべて「助かります」と言ってくれた姿は今でも忘れられない。その瞬間、自分は胸を張って「これが自分の仕事だ」と思えた。
営業の葛藤と誇り
もちろん、売ることへの葛藤が完全になくなったわけではない。被害の話を直接耳にするたび、胸が締めつけられる思いがした。あるお客様は「娘を津波で失ったんです」と話しながらルーターを手に取った。通信機器を販売しながら、心の中では「自分は一体何をしているのか」と揺れ続けていた。
だが、どれだけ複雑な心境であっても、確かに自分の商品が人の役に立っていることは間違いなかった。その事実が、震災直後の厳しい状況でも営業を続けられた大きな理由だった。
福島での出会い
そんなある日のこと、福島県内のショッピングモールで販売会をしていたときだった。普段通りにお客様へ声をかけ、商品を説明し、契約を進める。そんな流れの中で、一人の人物と出会った。その人との会話はほんの数分程度だったが、妙に印象に残った。
そのときはただの通りすがりのように思えたが、のちに振り返ると、その出会いが今後の自分の事業に大きな影響を与えることになる。偶然なのか必然なのか、その時点では知る由もなかったが、確実に「新しい流れ」が生まれた瞬間だったのだ。
震災の影響で通信の価値が見直され、モバイルルーターは飛ぶように売れた。しかし、そこで得たものは売上だけではなかった。人の生活に寄り添うことの意味、そして何気ない出会いが未来を大きく動かすこと。被災地での営業は、苦しみと希望の両方を自分に刻み込んだ時間だった。

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