デジタル体験会の裏側 ― 評判と収益のギャップ
全国各地で開催されたデジタル体験会は、参加者から大きな反響をいただいた。笑顔で「ありがとう」と言ってくださる方、タブレットを初めて触って「こんなに簡単だったんだ」と目を輝かせる方。会場にはいつも温かい空気が流れていた。かつてファミレス時代の師匠から教わった「唯一無二、自分じゃなきゃダメと言わせろ」という言葉を胸に、ユーモアを交えながらわかりやすく伝えることを心がけていた。その結果、「あなたの話だから分かった」「また参加したい」と言ってくださる方も増え、評判はうなぎ登りになっていった。
しかし、現実の数字はそう甘くはなかった。表面的には順風満帆に見えていたが、会社の収益は思うように伸びていなかったのだ。
評判と収益のギャップ
体験会の開催費用や集客にかかる費用はすべて大手新聞社が負担してくれていた。表面的にはコストを背負う必要がなく、ありがたい仕組みのように見えた。しかし、実際に自分たちの会社に入るお金は、体験会でタブレットに興味を持った方にタブレットを販売し、そこにモバイルルーターをセットで契約していただいた分の収益しかなかった。
当時は「工事不要でどこでもネットができる」というモバイルルーターは画期的な商品だったが、時代とともにタブレットを既に持っている方が増え、販売台数は徐々に落ちていった。体験会に人は集まる。会場は笑いに包まれる。それでも、肝心の契約につながらなければ、会社の数字は赤字に転落していく。そんな矛盾した現実が目の前に広がっていった。
モバイルルーター販売の壁
さらに追い打ちをかけたのがモバイルルーターの契約システムだった。当時の契約期間は2年と長期で、契約時には「便利だ」と思ってくださった方も、家に持ち帰ると家族から反対されることも多かった。「固定回線があるのになぜ契約するんだ」「高齢者には不要だろう」といった理由でキャンセルになるケースが後を絶たなかったのだ。
キャンセルが増えれば増えるほど、営業努力が水の泡になる。現場で汗をかき、笑顔を届け、感謝の言葉をもらっても、会社としての利益はほとんど残らなかった。その現実に直面するたびに、自分の中で「このままでいいのだろうか」という葛藤が強くなっていった。
収益改善への模索
もちろん何もしなかったわけではない。何度も大手新聞社に待遇改善を求めた。「開催費用はありがたいが、これでは続かない。少しでも販売手数料を改善してほしい」と交渉した。しかし返ってくる答えはいつも同じだった。新聞社側にとっては体験会はあくまで販売促進の一環であり、直接の収益事業ではない。だから、こちらの収益構造には口を出さなかった。
自分たちは「新聞購読者を増やすためのイベント要員」として見られていたのかもしれない。会場の評価は高く、参加者のアンケートには「楽しかった」「また参加したい」という声が並んでいた。それだけに、赤字が膨らむ現実との落差は大きく、自分の心を少しずつむしばんでいった。
ビジネスモデルの限界
今になって振り返ると、当時の失敗の原因ははっきりしている。売上の柱が「デジタル体験会」と「ショッピングモールでのモバイルルーター販売」の2本しかなかったのだ。新しい事業の芽を育てる余裕もなく、固定収益の柱を持たなかったことが、じりじりと会社の体力を奪っていった。
数字だけ見れば悲惨な状況だった。けれど、お客様の満足度やクライアントからの評価は右肩上がりだった。この矛盾は経営者として大きな課題であり、自分に「次の一手を打たなければならない」という強烈なプレッシャーを与え続けていた。
次のステージへ
「仕事は人を感動させること」――師匠の言葉は体験会の現場で確かに生きていた。しかし「人を感動させる」だけでは会社は成り立たない。経営には数字が不可欠だ。その現実に改めて直面することになった。
デジタル体験会が好評を博しながらも、裏では赤字に苦しんでいた時期。自分にとって、それは経営者としての甘さを痛感する日々だった。だが同時に、この経験が「事業の柱をどう作るか」「収益モデルをどう設計するか」という、後の自分の経営哲学に直結していくことになる。

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