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起業物語Re55 起業・経営編

嘘つきのSくん ― 窃盗事件

会社に入ってきたばかりのSくんは、最初からどこか不思議な存在だった。彼はしれっとした顔で誰が聞いても「そんなわけないだろ」と思うような嘘をつく人間だった。

たとえば、高卒であるのに「これまで付き合った人数は300人」などと言う。高校にパソコンを持ち込んで出会い系をしていたとも話していたが、どうやってネットにつないでいたのかを聞くと「バッファローのUSBを差し込んで」と真顔で答える。意味がわからなかった。

さらに彼は「恋愛マスター」と呼ばれる人物が都内にいて、そこに週一で通い女の子を落とすテクニックを学んでいたとも言う。しかし、ぽっちゃりした体型で清潔感もなく、出張先のホテルにまで大量のゲーム機を持ち込むようなSくんがモテる姿は到底想像できなかった。

そんな小さな嘘を重ねる彼だったが、ある日とうとう会社を揺るがす大事件を起こす。


目次

発端は「充電器が入っていない」クレーム

ある日、いつものようにタブレット体験会を行い、興味を持ったお客様にタブレットを販売していた。販売後数日して1本の電話が会社にかかってくる。

「購入したタブレットの充電器が入っていないんだけど…」

通常、販売後はアプリの初期設定を行い、タブレット本体と付属品を確認してから箱に戻す。今回、そのセットアップを担当したのはSくんだった。

状況を確認すると、彼は「ちゃんと箱に入れましたよ。お客様の勘違いじゃないですか?」と言い張る。最初は会場に忘れたのかと思い隅々まで探したが見つからなかった。仕方なく、新しい充電器を購入して届けようかと考えていた矢先、別の社員から衝撃の指摘があった。

「Sが盗んだんじゃないですか?だってあいつ、同じタブレット持ってますよね?」


品番が一致

人を疑うこと、それも自社の社員を疑うことなど考えたこともなかった。しかし、タブレットや付属品には品番が刻印されている。万が一の確認のため、お客様に充電器の品番を確認してもらった。

その後、ホテルでSくんの充電器をこっそり確認すると――驚くべきことに、お客様のものと完全に一致していた。


詰問と自供

この事実に、他の社員が激昂した。

「なんでお前が客の充電器持ってんだ!」
「これは自分のです!」とSくんは必死に言い張る。
「品番が一緒なんだよ!入れ違うわけないだろ!」

一時間ほど押し問答が続き、ついに彼は観念した。

「実家に充電器を忘れてきたので…盗りました」

嘘をつき続けていたSくんは、ようやく窃盗を認めた。


解雇と親からのクレーム

その日付けで彼を解雇した。お客様には「倉庫に紛れていたものが見つかった」と説明し、迷惑をかけないように処理した。表沙汰にすれば信用問題に発展しかねないため、内部で収めるしかなかった。

しかし、その後Sくんの親から電話が入る。
「息子はぬれぎぬを着せられた。たかが充電器1個で解雇はおかしいだろ!」

どうやら息子の給料の半分を親が生活費としてもらっていたようで、収入が途絶えるのが困るのだろう。

自分は冷静にこう答えた。
「契約書にも、会社に重大な損失を与えた場合は解雇と記載してあります。窃盗は立派な犯罪です。本来なら警察沙汰です。解雇で済んだだけでもありがたいと思ってください」

その言葉を残し、電話は静かに切れた。


終わりに

こうしてSくんはスーツケース3つを抱えて電車で帰っていった。彼の嘘と軽率な行動は、結局自分の未来を閉ざすことになった。

社員を信じたい気持ちと、現実に突き付けられる裏切り。経営者として、人を見抜く目と、信頼に裏切られた時の対応の難しさを痛感した出来事だった。

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この記事を書いた人

石川信孝
茨城で建設会社を経営しています
工具はマイナスドライバー1本しか持っていません

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