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起業物語Re59 起業・経営編

No2の離脱 ― 苦楽を共にした仲間との別れ

経営を続けていると、想像もしていなかった瞬間が訪れる。喜びもあれば、試練もある。そしてその中でも一番堪えるのは、長年苦楽を共にした仲間が去っていく瞬間だ。今回は、6年間一緒に走り抜けた右腕、F氏との別れについて書きたいと思う。


目次

突然の言葉

ある日、F氏が重い口を開いた。

「社長、もう未来が見えません。もうやめさせてください。勘弁してください。」

その一言は雷のように響いた。これまで文句一つ言わずに、自分と一緒に全国を駆け回り、営業を支えてくれたF氏。その彼が、静かに、しかし決意を込めて「辞めたい」と言ったのだ。

驚きとショックで言葉が出なかった。自分にとっては当たり前の日常でも、彼にとっては限界の積み重ねだったのだろう。


背負わせていたもの

後から知ったことだが、F氏の父親は病気を患っていた。治療費もかかる中で、決して高くない給与で働き続けるのは大きな負担だったらしい。それでも会社の経営状況を考えて、口には出さなかった。

また、自分は講師としてお客様の前に立つことにやりがいを感じていたが、F氏は営業の裏方に徹する日々。彼自身はやりがいを見出せず、次第に心がすり減っていったという。

「気が付いてあげられなかった」――それが一番の悔いだ。隣で一緒に走っていたのに、彼の苦しみにまったく気づけなかった。自分は自分のことで必死だったが、経営者としてはあまりにも未熟だった。


説得はしなかった

正直、止めたい気持ちはあった。だが、それ以上に彼の言葉に宿る「覚悟」を感じた。これ以上無理をさせてはいけない、そう直感した。

だから、自分は引き止めなかった。彼の意思を尊重し、新しい道へと送り出した。

ただ、その後に残された穴はとてつもなく大きかった。6年という歳月の中で培ってきた信頼関係と、彼の存在が会社の柱になっていたことを痛感した。


新たな道へ進んだF氏

F氏はその後、知り合いの会社に就職した。そして今では年商23億円規模の会社で部長職に就いていると聞く。経営者の自分が言うのもおかしいが、彼は優秀で真面目だった。環境さえ整っていれば、もっと早くからその力を発揮できたのだろう。

今も彼の活躍を耳にするたびに嬉しく思う。同時に、あのとき自分がもう少し配慮できていれば、彼の未来はまた違った形だったのかもしれないと考えてしまう。


人を続けさせる難しさ

この出来事から学んだのは「人を続けさせる難しさ」だ。給与や待遇はもちろん、やりがい、将来像、家族の事情――人が働く理由は複雑で多岐にわたる。経営者がそれらをすべて把握し、支え続けるのは簡単ではない。

だが、それを怠れば仲間は去っていく。どんなに一緒に戦ってきたとしても。


自分への問い

F氏が去った後、自分は深く悩んだ。果たして自分は経営を続けるべきなのか。人を幸せにできない自分が、会社を率いる資格があるのか。悩みに悩み、答えの出ない夜を何度も過ごした。

ただ一つ確かなのは、F氏と過ごした6年間が自分を大きく成長させてくれたということ。そして彼が新しい道で成功していることが、せめてもの救いだった。


仲間を失うことの痛みは、今でも心に残っている。だが、それが経営の現実であり、人を預かるということの重みなのだと思う。

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この記事を書いた人

石川信孝
茨城で建設会社を経営しています
工具はマイナスドライバー1本しか持っていません

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