社長は辞められるんだ、という衝撃
入社して半年ほどが経ったころ、
社内の空気が一変する出来事が起きた。
最初は、何が原因なのかまったく分からなかった。
ただ、会社全体に妙な緊張感が漂い始めていた。
原因は――
夫である社長と、代表取締役である奥さんの大喧嘩だった。
突然届いた一本のLINE
ある日のこと。
社内のグループLINEに、一本のメッセージが流れた。
「皆様、お世話になります。
社長の〇〇です。
一身上の都合により■■会社を退職いたします。
皆様の今後のご活躍をお祈り申し上げます。」
一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
社員全員が同じ画面を見つめ、
「え?」「どういうこと?」
という空気が一斉に広がった。
社長が、辞める?
正直な感想はそれだった。
そもそも、社長って辞められるんだ――
そんなことを本気で考えたのは、このときが初めてだった。
代表から聞いた“喧嘩の真相”
後日、代表である奥さんから事情を聞いた。
どうやら、夫婦間での口論がエスカレートする中で、
代表がこんな言い方をしたらしい。
「石川はこう言ってた」
「石川は、この案のほうがいいって言ってた」
それが決定打だった。
社長は激昂し、こう言い放ったという。
「だったら石川と会社やれ!
俺はもう辞める!」
……完全に巻き込み事故だった。
半年で“目立つ存在”になっていた自分
振り返ると、その時点で自分は入社して約6か月。
負けず嫌いな性格もあり、必死に勉強し、
半年が経つころには、現場の知識も身につき、
クライアントとも一人で会話ができるレベルになっていた。
周囲の社員からも、
「石川に聞けば分かる」
といった空気が少しずつ生まれていたと思う。
そして同時に、
それを面白く思っていない社長の気配も、
正直、感じてはいた。
ただ、自分は自分のペースで仕事をしていただけで、
誰かと競うつもりも、出しゃばるつもりもなかった。
それでも、
「社長 vs 石川」
という構図を、社長自身が作りたがっているように見えた。
辞めたはずの社長が、毎日会社にいる
さらに奇妙だったのは、
**「退職宣言をした社長が、その後も毎日会社に来ていた」**ことだ。
なぜか普通に出社し、
当時No2だった社員に向かって、
「全部お前に引き継ぐから」
と、社長代行をやらせるような雰囲気を出していた。
No2の彼は、
いきなり大量の事務処理と判断を押し付けられ、
見るからに追い詰められていった。
そんな彼に対し、社長は容赦がなかった。
「こんなこともできないのか」
「これじゃ会社が潰れるぞ」
罵声が飛び交う日々。
一方で、自分はというと――
喧嘩の原因が自分にあるという理由で、
完全にフルシカトされていた。
社員に突きつけられた“踏み絵”
社長の退職宣言から1か月ほど経ったころ、
自分以外の社員が呼び出され、飲み会が開かれた。
後から聞いた話だが、
そこで社長は、こんなことを言ったらしい。
「俺についてくるのか」
「石川についていくのか」
「はっきりしろ」
まるで踏み絵だった。
正直に言うと、
その頃の自分は、蚊が腕に止まった程度の感覚だった。
目の前の業務が山ほどあり、
いちいち感情に振り回されている余裕もなかった。
それでも、
社長と周囲はどうしても
「社長 vs 石川」
という構図を作りたがっているように見えた。
そして、何事もなかったかのように
結局――
退職宣言から2か月後。
社長は、何事もなかったかのように復帰した。
LINEもなければ、説明もない。
ただ、いつも通りの顔で、
いつも通りの業務が再開された。
この一連の出来事で、
自分の中に、はっきりとした感情が芽生えた。
「この会社を、いずれ辞めるかもしれない」
感謝していることも多い。
学ばせてもらったことも確かにある。
だが同時に、
ここに長く居続ける未来が、
初めて見えなくなった瞬間でもあった。
――この会社で、
自分はどこに向かうのだろうか。
そんな問いを胸に抱えながら、
日々の業務をこなしていくことになる。

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