小学一年生の終わり頃のこと。
北海道の海沿いの町で、のびのびと育っていた自分のもとに、突然“人生が動き出す”ような出来事が舞い込んできた。
ある日、東京でダンプの運転手をしていた父から、母に一本の電話がかかってきた。
普段あまり連絡を取ることもなかった父からの久しぶりの連絡。母が受話器を取り、短く頷いたり相槌を打ったりしている姿を、部屋の隅からぼんやりと見ていた。
電話の内容は、「東京の仕事がうまくいっている。だから、みんなでこっちに引っ越してこないか?」というものだった。
今思えば、それは父なりの“家族を迎えに来る”行動だったのかもしれない。
けれど、あのときの母の表情は複雑だった。うれしいような、戸惑っているような、どこか不安げな…そんな雰囲気を子どもながらに感じ取った記憶がある。
ただ、自分にとっては「引っ越し」という言葉がなによりもワクワクさせる響きだった。
生まれてからずっと同じ場所で暮らしてきた自分にとって、遠く離れた“東京”という言葉は、未知の世界を連想させる魔法のような存在だった。
どんな場所なんだろう。どんな家に住むんだろう。おもちゃ屋さんはいっぱいあるのかな。そんなことを想像しながら、胸が高鳴っていたのをよく覚えている。
移動手段はフェリーだった。
北海道から本州へ、ゆっくりと海を渡るその時間は、自分にとって初めての“大冒険”だった。
フェリーに乗るのも初めて。
見渡す限り、どこまでも広がる海。どこを見ても、波の音と青のグラデーション。
その雄大な景色は、幼い自分の心に深く刻まれた。
デッキに出ると、冷たい潮風が顔をなでて、遠くの方にぽつんと浮かぶビーチボールのようなものが波に流されているのが見えた。
どこから来たのか、どこへ行くのか、それはわからない。
けれど、その姿をただじっと見つめている時間が、なぜかとても心に残った。
子どもながらに、「このビーチボールと同じように、自分たちもどこかへ流されているのかもしれない」と、そんな漠然とした気持ちを抱いていたのかもしれない。
そして、ついに東京に着いた。
そこから先は、正直言って夢のような世界ではなかった。
北海道とはまるで違う、息苦しいような空気。
人の多さ、建物の高さ、音の大きさ、言葉の早さ――すべてが、これまで育ってきた静かな町とは違いすぎて、戸惑いの連続だった。
新しい学校、新しい友だち、新しい環境。
「東京ってすごいところなんだ」と思っていたあの期待は、すぐに現実の壁にぶつかることになった。
方言で話すたびにクスクス笑われたり、家が古いとからかわれたり、何も悪いことはしていないのに“よそ者”という目で見られるような感覚があった。
それは、子どもにとっては想像以上にしんどい経験だった。
けれど、あのフェリーで渡った時間、海を見つめていた記憶は、そんな自分にとっての小さな“芯”になっていた。
あのビーチボールのように、流されながらでも進んでいくしかない。
どこにたどり着くかわからなくても、自分のペースで浮かんでいればいい。
そんなふうに、どこかで自分を支える言葉として、あの風景が今も心に残っている。
人生の中で何度も訪れる“転機”。
このときの東京への引っ越しが、自分にとって最初の大きな転機だったと思う。
新しい世界への期待と、不安と、戸惑いと、ほんの少しの勇気。
これから少しずつ、あの頃の記憶をたどりながら、自分のルーツをブログに綴っていきたい。
誰かの過去と少し重なる部分があれば、それだけで意味があると信じて。

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