青春は、汗まみれのバッシュの中にあった──立川高校バスケ部の日々
自分が進学した立川高校は、「自主自律」を掲げる自由な校風の高校だった。
校則も緩やかで、都立高校では珍しく私服OK。制服に縛られることなく、自分らしいスタイルで過ごせる環境だった。
そんな自由な高校生活の中で、自分は3年間ずっとバスケジャージ姿だった。
毎日朝から晩まで、バスケットボールとともにある生活。ジャージが制服で、体育館が教室だったようなものだった。
立川高校は地元では“トップ校”と言われる進学校だったため、当然ながら自分より頭のいい生徒がゴロゴロいた。
でも、単に勉強ができるだけじゃなく、話が面白いヤツ、個性的なヤツ、人間的に魅力あるヤツが多くて、刺激的だった。
「自分ももっと面白くなりたい」「負けてられない」――そんな気持ちにさせてくれる仲間たちに囲まれていた。
もちろん、自分は迷うことなくバスケットボール部に入部した。
あの中学時代の苦い思いをバネに、新しいスタートを切ると心に決めていた。
立川高校のバスケ部での生活は、まさに**“バスケ漬けの毎日”**だった。
朝は誰よりも早く、6時には校庭のバスケットコートに立っていた。
冬の冷たい風も、夏のむせ返るような暑さも関係なかった。
7時に体育館が開けばすぐに移動し、正式な朝練をこなす。
授業中、こっそりと弁当をつまみ、昼休みは外のコートへ。
午後の授業が終われば、すぐに部活動。
そして、夜は地元のクラブチームの練習にも参加。
帰宅する頃には、ジャージは汗で重くなり、バッシュはぐしょぐしょに濡れていた。
それでも、毎日が楽しかった。
心から楽しかった。
中学の時とは違い、チームに貢献できている実感も少しずつ湧いてきて、1年生のうちにベンチ入りを果たすこともできた。
ふと思い出すのは、中学時代のあのスタートメンバー5人のことだ。
それぞれ別の高校でバスケを始めたと聞いたが、気づけば全員、途中で辞めていた。
自分のせいであの試合に敗れ、夢を絶たれた彼ら。
だからこそ、自分は彼らの分まで頑張らなきゃいけないと思っていた。
「あいつのおかげで人生終わった」と思わせたくなかった。
立川高校のバスケ部は、かつて「多摩の星」と呼ばれ、都立高校としては異例の強さを誇っていた。
だが、自分が入ったころは過去の栄光もすっかり色あせており、今のチームは“そこそこ”レベルだった。
東京都にはおよそ360校もの高校があり、その中で勝ち進むのは本当に難しい。
よくて3回戦まで。
それでも、自分たちは本気でぶつかり合い、勝利を信じていた。
3回戦を突破すれば、次は八王子高校との対戦だった。
その高校には、あの因縁の相手――中学時代の秋川東中のキャプテンがいて、なんと八王子でもキャプテンを務めていた。
「どうしても勝ちたい」
「絶対にリベンジしたい」
そう思っていた。
けれど、現実は甘くなかった。
自分たちは3回戦で敗れ、リベンジの機会は失われた。
それでも、悔いはなかった。
強いとは言えないチームだった。
都大会で上位に行けるほどの実力もなかった。
それでも、自分の青春はあの体育館にあった。
合宿で死ぬほど走り込んだ日々。
気づけば足がつって動けなくなったあの夜。
練習の後、床に倒れ込んで、天井を見ながら仲間と笑い合った瞬間。
バッシュが汗で濡れ、足からは湯気が出ていた。
身体は疲れきっていたはずなのに、心は満たされていた。
あの頃、バスケがすべてだった。
バスケに救われ、バスケに夢中になり、バスケに泣かされ、バスケに笑わされた。
自分にとって、それが“青春”だった。

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