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起業物語Re12 生い立ち

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センター試験、奇跡の1日──絶不調のはずが、絶好調だった話

筑波大学・体育専門学群を目指すと決めてから、地獄のような勉強生活が始まった。
成績50%台から80%超を目指すという無謀な挑戦。
それでも、あの時の自分には「いける」という謎の自信があった。

そして、ついに迎えたセンター試験当日

もう20年も前の話なので、細かいことは覚えていない。
ただ、とても寒かったという記憶は鮮明に残っている。
試験会場は、どこかの大学の講義室だったと思う。

あの独特の緊張感――
教室の空気が重く、鉛筆の音すら響いてしまうような静寂。
まるで時間が止まったかのような感覚。

国家試験や運転免許の試験でも似たような空気感があるが、自分はあの“試験前の静けさ”が昔からどうにも苦手だった。

「間違えたら終わりかもしれない」
「もうここまでかもしれない」
そういった不安と、努力のすべてをぶつける緊張が入り混じった、独特の時間。

だが、不思議なことに――その日は絶好調だった。

英語の長文問題を読み進めていると、数週間前に覚えた単語がそのまま登場した。
数学の設問では、前日たまたま復習していた解法と似た問題が出題された。
国語では、古文・漢文ともに読みやすい設問に恵まれ、現代文も驚くほどスラスラ読めた。

「こんなことあるのか?」
というくらい、奇跡の連発。

まさに“やまが全部当たる”状態だった。

試験を終えてすぐ、自己採点をした。
結果は――得点率93%。

これはもう、自分の人生で一度きりの神懸かったスコアだった。
国語に至っては、1問ミスしただけ。
自分で自分を疑ったほどだ。

あまりの高得点に、大学入試センターの出していた判定表では、東京大学のどこかの学部がA判定になっていた。

それまで「筑波なんて絶対無理」「夢見てるだけだ」と言っていた周囲の大人たちや友人からは、急にこんなことを言われるようになった。

なんで東大受けなかったの?
もったいない!もっと上狙えばよかったのに!

でも、自分の中では冷静だった。
この得点は、マークシートという運の要素もある形式だったからこその数字だと思っていた。
「まぐれに過ぎない」「実力じゃない」――そう思う自分がいた。
実際、理解が曖昧なまま勘でマークした問題も少なくなかった。

けれど、あの日の絶好調を疑いようはなかった。
きっと、何かが自分を後押ししてくれたのだろう。
バスケで何度も心を折られながら、それでも諦めずに自分を信じて勉強してきた時間。
あの努力が、たった1日の「集中力」に姿を変えて現れたのかもしれない。


センター試験という“第一関門”

筑波大学・体育専門学群には、センター試験後にもう一つ大きな壁がある。
**「足切り」**と呼ばれる制度だ。

定員200名の枠に対し、センター試験の点数によって上位約600名しか二次試験(スポーツテスト・論文)に進めない。
つまり、どれだけ実技が得意でも、センター試験で結果が出なければ門前払い

この制度を知ったとき、冷や汗が出た。

「もし失敗したら、全部終わりじゃないか」
「そもそも、勉強が苦手な自分が一番苦手な場所でふるい落とされるのか」

そう思うと、やっぱり怖かった。

だが――
自分は、その600人の中に食い込むことができた。

センター93%。
正直、自分でも信じられない数字だったが、それが現実として突きつけられた。

第一関門、突破。


これでようやく、本来の勝負場所=スポーツテストと論文に挑む権利を得た。
体育専門学群において、本当に力を試されるのはこれから。

でも、自分の中では「ようやくスタートラインに立てた」そんな感覚だった。

“絶対無理”と言われ続けた挑戦が、ひとつ現実になった。
このとき、自分は人生で初めて、「不可能を可能にする瞬間」を体験したのかもしれない。

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この記事を書いた人

石川信孝
茨城で建設会社を経営しています
工具はマイナスドライバー1本しか持っていません

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