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起業物語Re13 生い立ち

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スポーツテスト、そして小論文直前の“事件”

センター試験から約1か月。
得点率93%という奇跡のような結果で「第一関門」を突破した自分は、次なる戦い――筑波大学体育専門学群のスポーツテストと小論文に向けて、完全に“モード切り替え”をしていた。

もう机の上でペンを走らせる日々は終わった。
これからは、身体を使って勝負するフェーズ。

ある意味、自分にとってはこちらのほうが“本番”だったかもしれない。
長年続けてきたバスケ、部活で磨いた動き、そして鍛え上げた瞬発力。
そのすべてをぶつける場所が、ようやくやってきた。


いかに早く終わらせるか――当時の“勘違い”

スポーツテストの準備は、進研ゼミのOB情報を参考にしながら行った。
毎年テスト内容がほぼ固定されているという情報を元に、自分で練習メニューを組み、効率的に対策した。

でも、いま思えば当時の自分は少しズレていた。
「どれだけ正確に動けるか」「どれだけアピールできるか」よりも、**“いかに早くこの実技を終わらせるか”**という、どこか“こなす”意識が先行していた。

今ならわかる。
このテストは、ただのスポーツ技術を測るだけでなく、身体能力・判断力・そして人間性までも試されているものだったと。


バスケットボール試験

最初に臨んだのは、自分の得意種目であるバスケットボール

内容は以下の通りだった:

  • カラーコーンの間をドリブルし、制限時間内に何周回れるか
  • 反復横跳び
  • リバウンドからドリブルでコートを端から端まで進み、その後は自由に“得意なプレイ”を試験官にアピールする

この最後の“アピールタイム”が、ポイントだった。

自分は迷わずスリーポイントシュートを選択。
得意なプレイだったし、「目に見えて点を稼げる」アピールにもなると考えていた。

緊張しながらも、フォームを崩さずシュート。
結果、3本中3本、すべて成功。

手応えは悪くなかった。
でも、そこに“やりきった”という満足感はなかった。
受験生が流れ作業のように次々とプレイを終えていく中、自分も同じようにテストをこなし、淡々と退出した。

「終わった」というより、「流された」感じだった。


バドミントン試験

次に行われたのはバドミントン
こちらはとてもシンプルで、受験生同士の対戦形式

幸運だったのは、立川高校にいたバドミントン部の関東ベスト8の実力者が友人だったこと。
試験前、彼に何度も打ち合いの相手をしてもらっていたおかげで、ラリーの中での動き方や、相手の“クセ”の読み方に慣れていた。

当日の対戦相手は、明らかに“そこまでの練習量を積んでいない”様子だった。
試合は、自分のペースで進み、圧勝という結果に終わった。


陸上試験:100m走

3種目目は、100m走(陸上)
正直、足の速さにはあまり自信がなかった。
でも、ここまできたらやるしかない。

スタートの合図とともに飛び出し、ひたすら前だけを見て走る。
結果は、13秒台

記録としては平凡だったが、自分の中では「やれるだけやった」と言える内容だった。
3種目を終えたことで、少しだけ安堵の表情が出てしまったかもしれない。


そして、最後の関門──小論文試験へ

身体を動かす試験がすべて終わり、残るは小論文試験
テーマは毎年大きな変化がないことをふまえ、いくつかのパターンを絞り込み、ひたすら“書いて覚える”という形で対策していた。

体育や保健に関するテーマに対して、自分なりの意見や知識を、筋道立てて論理的に書く。
文章力だけでなく、構成力・読解力・論理性が試されるテストだった。

準備はしてきた。
あとは、本番で落ち着いて書くだけ――のはずだった。

だが、この小論文試験で、まさかの“事件”が起こる。

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この記事を書いた人

石川信孝
茨城で建設会社を経営しています
工具はマイナスドライバー1本しか持っていません

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