広大な土地、筑波大学──平砂宿舎と“刑務所風呂”の日々
筑波大学に入学した。
それが、すべての始まりだった。
入学式がどうだったか、実はほとんど記憶にない。
ただ、筑波大学の圧倒的なスケール感に、初日から心を持っていかれたのはよく覚えている。
とにかく広い。
広大な敷地に、点在する学群・学類のキャンパス。
いったいどこまでが大学で、どこからが市街地なのか、最初の頃はまったくわからなかった。
全学年の新入生を合わせると、1,000人規模。
全国の高校から、さまざまな人間が集まってくる。
そして、多くの1年生が経験するのが──寮生活だった。
月1万円、5角形の一間。平砂宿舎ライフ
自分が割り当てられたのは、平砂宿舎。
正式名称は「平砂学生宿舎」。
学生なら誰もが一度は聞く名前だ。
その作りは、ひと言で言うなら“アパートのようなもの”。
六畳一間、水道だけついた個室。
ありがたいことに一人部屋ではあったけれど、そこに“プライバシー”はなかった。
まず、壁がとにかく薄い。
隣の部屋の咳払い、目覚ましの音、ついにはキーボードを打つ音まで聞こえてくる。
夜中に何かを囁いている声が聞こえてきたときは、軽くホラーだった。
そして、風呂・トイレ・洗濯機はすべて共用。
風呂はまさに“修行場”だった。
裸の男たちがタオルを持って廊下に列をなして並ぶ。
順番がくるまで、黙って待つ。
脱衣所は湿気で曇り、時折誰かの鼻歌が響く。
初めてその光景を見たとき、思わず思った。
「ここは、刑務所か……?」
でも、不思議なことに、そこにいた誰もが楽しそうだった。
まずくて、安くて、量が多い。それが学生食堂
学生食堂も、インパクトが強かった。
とにかく量が多い。
そして安い。
味は……まぁ、期待するものではない。
「まずくて安い。そして腹がふくれる」
それこそが学生食堂の存在意義だと思っていた。
でも、食堂には常に人がいて、賑わっていて、
「この空気、案外好きかもしれない」と思うようになっていった。
自転車であふれる街。まるで中国の交通事情?
筑波大学の敷地は広く、授業の教室移動にも自転車は必須だった。
学生は皆、自転車に乗って移動している。
信号が変わるたび、何十人もの学生が一斉に走り出す。
自転車の群れ。
その光景はまるで、どこかの中国都市の通勤ラッシュのようだった。
最初は戸惑ったが、数日で慣れた。
いつの間にか、自分もその中のひとりになっていた。
筑波という町の印象
最初の印象は、正直あまり良くなかった。
「茨城?田舎じゃん」
「なにもないんでしょ?」
そんな思いが、どこかにあった。
でも実際に暮らしてみると、その印象はすぐに変わった。
研究施設や大型ショッピングモールが並ぶ都会的な側面と、
畑や田園風景が広がる素朴な田舎の空気が、不思議なバランスで共存している。
気取っていない町。
のんびりしていて、でも必要なものはそろっている町。
人は優しく、時間はゆっくりと流れていく。
そして、何より学生が多く、町全体が“学びの空気”に包まれていた。
「茨城=魅力のない県1位」なんて言葉がニュースで飛び交っていたけど、
実際に暮らしてみて、そんなことはまったく感じなかった。
むしろ、自分にとっては“人生の基盤”を作ってくれた町だった。
はじまりの地で、はじまりの暮らし
平砂宿舎、まずいご飯、薄い壁、風呂待ちの列、爆走する自転車の群れ。
どれもが**“不便さと楽しさ”が同居していた日常**。
そしてこの日常が、自分にとっての「大学生活のはじまり」だった。
都会的な刺激とは無縁かもしれない。
だけど、確実にここには、自分の感性と体力を育てる土壌があった。
筑波大学に入学して間もない頃、
「なんでこんな田舎に来ちゃったんだろう」と思ったこともあった。
でも今ならはっきりと言える。
「ここで良かった。」

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