筑波大学バスケ部──一般入試組としての挑戦
筑波大学に入学して、迷いなく自分はバスケ部への入部届を出した。
小・中・高と、自分なりにバスケをやってきた。
結果が出たこともあれば、苦い経験で終わったこともある。
でもそれでも、やっぱりバスケが好きだった。
そして、筑波大学。
バスケをやる者にとっては、憧れの名門。
関東1部リーグに長年在籍し続ける、全国屈指の強豪校だ。
そんな場所で、自分は再び“挑戦”を始めることにした。
体験入部とふるい落とし
最初の体験入部には30人以上の1年生が集まっていた。
誰もが「筑波でバスケをやりたい」「1軍でプレーしたい」という思いで目を輝かせていた。
しかし、最終的に正式入部したのは18人程度。
体験段階での空気感や雰囲気に飲まれ、諦めてしまう人も多かったのだと思う。
自分は、その空気に飲まれながらも、「ここでやりたい」という気持ちが勝っていた。
推薦組と一般組の壁
筑波のバスケ部は、60人規模。
1軍と2軍に明確に分かれており、1軍は基本的に推薦入学者たちで構成されている。
一般入試で1軍に選抜される者は、年に4〜5人程度。至難の業だ。
もちろん、自分もその**“少数派”の一般組**だった。
1軍には、テレビで見たスター選手がずらりと並ぶ。
中学・高校の全国大会の常連校出身、アジア選手権の3P王、名門のエース──
とにかくスケールが違った。
自分はと言えば、都立高校出身。
コツコツ努力して入学した「筑波バスケ部」で、あらためて自分の立ち位置を突きつけられることになる。
セレクションという“通過儀礼”
入部間もなく行われたのが、セレクションと呼ばれる部内試合だった。
2軍の1〜4年がシャッフルでチームを組まされ、実戦形式でプレー。
ここで結果を出せば、1軍に昇格できるチャンスがある。
…が、自分は、何のインパクトも残せなかった。
それもそのはず。
セレクションでは、4年生が最後の昇格チャンスにかけて鬼気迫るプレーを見せていた。
体格もパワーもスピードも段違いだった。
体をぶつけてきたかと思えば、コート上を瞬く間に駆け抜けていく。
“体育会”とはこういう世界なんだと、身をもって知ることになる。
そのセレクションで、1年生から唯一1軍に昇格したのは、
後にプロチームの監督になる金澤篤志くんだけだった。
体育会系の“洗礼”
セレクションで落選したあとは、当然2軍に所属。
そして、そこからが本当の意味でのスタートだった。
練習は朝から晩まで。
週6で練習、合間にミーティング、そして1年生の雑務の嵐。
・ボールを一瞬でも片手で持っていようものなら、後ろから蹴られる
・練習前には先輩たちのバッシュを整え
・部室の掃除、ボール磨き
・練習メニューを大声で伝える「伝令」役
言葉にすればただの“役割”だけれど、1年生に課される責任とプレッシャーはかなり大きかった。
「お前が伝令間違えたせいで、全体のメニュー狂ったぞ」
そんな声が飛んでくる日もある。
体育会系独特の縦社会に戸惑いながらも、毎日バスケに打ち込んでいた。
でも不思議なことに、苦ではなかった。
「楽しい」──それがすべてだった
厳しい環境、実力差、役割の重さ。
それでも自分は、「楽しい」と思えていた。
朝のランニング、夜の個人練習。
フォームが改善されていく感覚や、先輩から「うまくなったな」と声をかけられる瞬間。
自分が“前に進んでいる”という実感。
技術が上がっていく喜びは、何物にも代えがたかった。
推薦でもなく、スタートから1軍でもなかったけれど、
自分にとっては筑波バスケ部の一員であることが誇りだった。

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